2015年の「東西アスファルト事業協同組合」で行われた講演会「私の建築手法」伊東豊雄の講演会のタイトルは「明日の建築を考える」でしたが、その講演会で最初に紹介されたのが「台中メトロポリタン・オペラハウス(正式名称は〈台中国立歌劇院〉、2016年竣工予定)」でした。
2005年の暮れに国際コンペティションがあり、最後までザハ・ハディド(1950〜2016年)と競い、われわれが設計者に選ばれました。そこから10年ほど経ちますが、建築をつくるのにこんなにも苦労するのか、というぐらい苦労に苦労を重ね、現在ようやく建築がほぼでき上がりつつあります。2016年9月末に杮落としの予定です。設計している頃には、周辺には何も建っていなかったのですが、いつの間にかマンションに囲まれてしまいました。敷地は台中市のやや北方、新興開発地の公園です。緑の公園が建築の内側にまで連続するようなイメージを実現したいと考えました。言い換えると、人間の身体のような建築です。なぜなら、人はみな、自然から独立した身体を持っていながら自然と繋がっています。目や鼻や口や耳といった器官を通じ、空気を採り入れたり、食べ物を採り入れたり、水を飲んだり……自然と結ばれることによって人間は生きていられるのです。そういった人間の身体のような、独立しているようだが、実は自然と接続している建築があり得るか、と考えたのがこのプロジェクトの始まりであり、ある意味苦難の始まりでもあったわけです(笑)。
https://www.tozai-as.or.jp/mytech/15/15-ito02.html
とても難しい、中と外が連続する新しい空間構成でした。この空間スタディについて伊東豊雄は以下のように説明します。
まず初めに人間の器官にあたるようなチューブを、どのようにつくろうかということを考えました。正方形の二枚の板を、市松状に上下でずらしながら伸びる布で繋げたプリミティブな模型をつくりました。この二枚の板の間には、二種類の空間ができます。その空間はそれぞれ横にも縦にも繋がっているので、それをさらに二段重ねにすると、ふたつの空間がどこまでもずっと繋がっていくような構成ができました。この構成を構造体として、プログラムに合わせて中の空間を大きくしたり小さくしたりしながら、2,014席のグランドシアター、800席のプレイハウス、200席のブラックボックスという3つの劇場と、オフィスや店舗、展示スペースなどを備えた複合施設を入れ込みました。内部空間はどこも洞窟のようで、内から外を見ると、古代の人間が洞窟の中から現代都市を見ているような気分になり、おもしろい体験ができます。こういった風景が随所に見られます。
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「胚」を英語にすると「embryo」(発達の)初期のもの、萠芽(ほうが)とか、胎児とかを意味します。現場に「胚」と名付けられたフォリーがあります。伊東豊雄が台中国立歌劇院の躯体に使った「トラスウォール工法」の実験と、電気、給排水衛生設備などの配管のシステムを検証したモデルです。
連続する曲面の構造体は、トラスウォール工法という旭ビルウォールが開発したシステムで施工されました。システマティックに施工するため、曲げた鉄筋を溶接して二次曲線を描くトラスをつくり、その鉄筋トラスを20センチ間隔で縦方向に並べさらに横方向に繋ぎ、三次元曲面を再現しました。そうやってできたトラスウォールのユニットをまた鉄筋で繋ぎ、その両サイドに強くて粗い網と細かくて弱い網を重ねたダブルの網を張って型枠とし、コンクリートを打設します。その後、コンクリートが完全に固まりきらないうちに両側のダブルの網をはがし、そこをモルタルでならして吹き付けの仕上げを行い、完成となります。単純作業と言えばそうなのですが、気の遠くなるほど同じことの繰り返しで、すべてかたちの異なるものをつくっていかなければならないたいへんな現場でした。
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中と外が連続する台中国立歌劇院には「防火シャッター」や「防火戸」がありません。「ぎふメディアコスモス」でも採用されていると聞きましたが、台中国立歌劇院では、ノズルから水を吹き出して「水幕」による区画を採用しています。
台中国立歌劇院の裏側に、劇場への搬入搬出口を管理する守衛室があります。この守衛所は、台湾大学社会科学部棟の図書館と同じ構造をしています。