F.L.Whright Textile Block House 1924

Architecture

1920年代、ホリホックハウス(1921)と日本の帝国ホテル(1923)を完成したライトは、模様入りコンクリートブロック(テキスタイルブロック)に関する彼の考えを推進し始めました。Wrightはテキスタイルブロックを利用して、La Miniatura、Ennis House、Freeman House、Storer Houseの4つの家を建てました。4つのテキスタイルブロックの家は、皆、ロサンゼルス、ハリウッド周辺の南斜面に建っています。

フランク・ロイド・ライトが設計をした「帝国ホテル」は、1923年8月に工事が竣工し、来月の9月1日に披露式が開催される予定でした。関東大震災の日です。もちろん披露式は中止になってしまいました。関東大震災は、死者9万1802人、行方不明者4万2257人という大地震でした。その中で帝国ホテルは倒壊せずに残っていました。そのため、震災直後には、各報道機関や各国の駐日大使館、主要な企業の臨時事務所にされたそうです。帝国ホテルが倒壊しなかった理由には、ホテルという構造上客室が多く、したがって壁が多かったこともありますが、高さが低く抑えられていたことも幸いしています。低くどっしりと、高さを抑えたかたちは、プレーリーハウスから一貫するライトの住宅にも通じるものです。

「ユーソニアン・オートマチック」は、資金に限りある若夫婦が、当時ライトがすすめていた有機的建築の原則に則った家を建てるにはどうすればいいか、とよく質問を受け、たどりついた答えでした。オートマチックというと、一般的には自動的という意味ですが、ライトがこの言葉を使った時代背景から考えると、「自分でつくる」といった意味合いがあると考えられます。建築費を下げる = 自分でつくるに帰結したと言えます。ライトのテキスタイルブロックの家は、「自分でつくる」ことによって成立するであろう、ローコスト住宅の実験でした。

La Miniatura ミラード 1923
Ennis House エ二ス・ブラウン邸 1924
Freeman House フリーマン邸 1924
Storer House ストーラー邸 1924

コンクリート・ブロックは縦横の鉄筋によって織物を織るように組み上げられるため、 「テキスタイル・ブロック住宅」とも呼ばれました。空気層を挟んだ2重構造の壁体は住宅の断熱性能を向上させ、 日差しの強いこの地方の風土に呼応しています。またこのシステムは、のちに経済性、 施工性等にも優れる「ユーソニアン・オートマティック」の提案に繋がっていきます。 しかしコンクリート・ブロック住宅のデザインの真意は、そのような経済性や機能性を超えたところにあるようです。 ライトは28年8月の雑誌論文「素材の本性──コンクリート」の中で次のように語っています。
『このコンクリートの美学的価値は、まさにプラスティシティにあると言えます。というのも、人工石であるコンクリートには偉大な美学的価値などないし、 全く独自性もないのですから。プラスティックな物質としてのコンクリートにおいて、偉大な美学的特質があるのです。その 「ブロック」は、 静かでプラスティックな全体において、単に機械的なユニットとなるのです。』

ここでライトが語る「プラスティシティ」の概念は、型枠に流し込んで自由に形成可能なコンクリートの「可塑性」を言うだけにとどまらない独自の意味を担っています。 「私は師サリヴァンのプラスティシティの概念を、全体としての建物におけるコンティニュイティの概念に進展させた」と言っているように、かれは「プラスティシティ」という概念を単なる素材の「可塑性」としてではなく、 「コンティニュイティ(連続性)」の概念をその根底に見据えたものとして捉えています。そしてさらに言えば、「連続性」の根底には「部分と全体との間の緊密な相関関係」 としての「有機的」概念が見据えられているのです。上記の引用文中でかれが「プラスティックな全体」と言っているのもこのためです。「プラスティシティ」は、 「連続性」の概念を見据えて「一体性」と解釈されるでしょう。ライトはあらゆるものをバラバラなものとして捉えることなく、本来的に、根源的に、 「1つのもの」として捉えようとします。しかしそれは「皆同じ」ということを意味するのではありません。「この特徴的な分節のなかに表現の無限の多様性が横たわっている」 と言われるように、かれは無限の多様性を求めています。一連のテキスタイル・ブロック住宅のデザインにおいて、かれは多様性を生み出す単純なシステムを模索していると言うことができるでしょう。 しかし、それはなぜでしょうか。「自然には特殊があるばかりだ。全ては限りなく似通っているけれども、 1つとして同じではない」と言われるように、かれは自然のあり方を「1から生じる多」として理解しています。つまり、かれは自然がなすように建築をなそうとしているのです。

https://www.yodoko-geihinkan.jp/2006/07/20/lib-6/
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