Wassily Lounge Chair 1925

Chair

マルセル・ブロイヤーがまだバウハウスの家具工房で指導をしていた頃、自転車のフレームから着想を得てデザインしたというワシリーチェアは、ワシリー・カンディンスキーの為にブロイヤーがデザインした椅子です。マルセル・ブロイヤーの略歴. wiki では、

ハンガリーのペーチで生まれた。1920年代、ブロイヤーはバウハウスで学び、後に同校の教官(マイスター)となった。彼は芸術とテクノロジーの融合を説き、やがて木工工房を任されるまでになった。後に、彼はベルリンで開業し、住宅や商業施設のデザインをした。
ブロイヤーの最も知られている作品は初めて曲げた金属パイプを使用した『ワシリー・チェア』であろう。このパイプ椅子は、1925年に自転車のハンドルに着想を得てワシリー・カンディンスキーの為にデザインした。自転車用の工具を使って簡単に組み立て・分解が可能で、大量生産にも向いていた。
1930年代に入り、ドイツ国内でナチスが台頭すると、ユダヤ人のブロイヤーはロンドンに移住した。ロンドンでは、Isokon社に雇われていた。当時、ブロイヤーは自分の長椅子をデザインする際にベニヤ板で金属のような曲面を構成することを試みている。
ブロイヤーは最終的にはアメリカに移住した。彼はハーバード大学デザイン大学院で建築を教えた。学生には、後にアメリカを代表する建築家となったフィリップ・ジョンソンやポール・ルドルフなどがいる。 同時期、ブロイヤーはバウハウス時代からの旧友でハーバード大での同僚のヴァルター・グロピウスと共にボストン周辺の幾つかの住宅のデザインを手懸けている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC

当時、デ・ステイル運動の構成主義理論に影響を受けたブロイヤーは、古典的なクラブチェアの形状から要素を減らした線と面で構成するデザインを目指し、スチールパイプの実験を始めたと言われています。

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